ボールを蹴る瞬間、ダッシュや切り返しの時、足の付け根(鼠径部)に走る鋭い痛み…。一度発症するとなかなか治らず、多くのサッカー選手のキャリアを脅かすのが「グロインペイン症候群」です。
このしつこい痛みの根本原因は、痛む鼠径部そのものではなく、身体の“土台”である『骨盤の不安定さ』と、その動きを制御する『体幹と股関節の連携エラー』にあります。
つまり、体幹という土台がグラついているために、キックやダッシュといった激しい動きの負担が、全て鼠径部に集中してしまっている状態なのです。
この記事では、なぜグロインペインがサッカー選手に多発するのか、その科学的なメカニズムを解き明かし、痛みの根本原因にアプローチするための具体的なステップを、写真付きで解説します。
なぜサッカー選手に多い?キックとカッティング動作に潜むリスク
グロインペインが「サッカー病」とも呼ばれるのには、明確な理由があります。それは、サッカー特有の動作が、鼠径部に極めて高い負荷をかけるからです。
| 動作 | 鼠径部への負荷 |
| キック動作 | 軸足は地面を踏ん張り骨盤を安定させ、蹴り足は大きく振り上げる。この時、骨盤周りの筋肉(内転筋、腹筋など)が爆発的に使われる。 |
| カッティング(切り返し) | 高速で走りながら急激に方向転換する際、体幹で身体のブレを抑え込みながら、片足で地面を強く蹴る必要がある。 |
これらの動作は、「体幹の安定性」と「股関節の柔軟性」が両立して初めて、安全に行えます。このどちらか一方でも機能が低下すると、力の伝達がうまくいかず、鼠径部周辺の筋肉や関節に過剰なストレスがかかり、炎症を引き起こすのです。
痛みのメカニズム:鼠径部で起きている「機能不全の三重奏」
グロインペインは、単一の原因ではなく、主に3つの機能不全が複雑に絡み合って発症します。
内転筋群(太もも内側)の悲鳴
ボールを蹴る、軸足を安定させる、といった動作で常に酷使され、硬くなりやすい。
腹筋群(体幹)の機能低下
体幹の安定性が失われると、骨盤がグラグラに。その不安定さを補うために、内転筋がさらに過剰に働くという悪循環に陥る。
股関節の動きの悪さ
特に股関節を内側にねじる「内旋」の動きが硬くなると、キックのフォロースルーなどが窮屈になり、その分のストレスが全て鼠径部にかかってしまう。
この三重奏の結果、身体は「正しい筋肉の使い方」を忘れ、脳からの指令系統にもエラーが生じます。この「脳と身体の連携エラー」こそが、痛みが慢性化し、治りにくくなる大きな要因です。
根本原因にアプローチする3つのステップ
痛みの再発を防ぐためには、痛む場所への対処だけでなく、身体の土台から機能を再構築していく必要があります。
STEP 1:身体の“土台”である骨盤の機能を正常化する
全ての基本は、体幹と下半身をつなぐ「骨盤」を安定させることです。
考え方: 骨盤の中心にある「仙腸関節」などの機能が低下すると、骨盤全体の安定性が失われます。AKA-博田法のようなアプローチは、この関節の微細な動きを正常化させることで、身体の土台そのものを整えます。
STEP 2:脳と筋肉の「正しい連携」を再教育する
次に、間違った動きを記憶してしまった脳からの指令系統をリセットします。
考え方: BFI療法のように、皮膚などから適切な刺激を脳へ送ることで、神経の働きを活性化させ、「サボり筋」になっていた筋肉への正しい指令が届くように再教育します。これにより、無駄な力みのない、効率的な身体の使い方が可能になります。
STEP 3:体幹と股関節の“協調性”を高める
土台が整い、指令が正常化したら、サッカーの動きに耐えうる、実践的な強さを養います。
やってみよう!「コペンハーゲン・アダクション」
最新の研究で、グロインペインの予防に非常に効果的だと注目されているエクササイズです。
横向きになり、肘をつきます。
上の脚を、同じ高さのベンチや椅子の上に乗せます。
下の脚と体幹の力を使って、お尻を床から持ち上げ、身体が一直線になるようにキープします。
まずは10秒キープから。慣れてきたら、下の脚を上下させることで強度を上げられます。

日本サッカー協会(JFA)の医学マニュアルにおいても、鼠径部痛は、鼠径部そのものだけでなく、体幹の機能や股関節の可動性、さらには精神的なストレスなど、様々な要因が関与する複雑な状態であるとされています。そのため、リハビリテーションでは、痛む場所だけでなく、体幹の安定性や股関節周りの筋力強化を含む、包括的なアプローチが不可欠であると強調されています。
グロインペインに関するよくある質問(Q&A)
Q1. 痛いときは、ストレッチをした方が良いですか?
A1. 炎症が強い急性期に、痛む場所を無理に伸ばすのは逆効果になる可能性があります。まずは安静にし、ストレッチを行う場合は、お尻や太ももの裏など、鼠径部から少し離れた、硬くなっている筋肉を優しく伸ばす程度にしましょう。
Q2. 復帰の目安はありますか?
A2. グロインペインからの復帰は、焦りが禁物です。明確な基準は「痛みなくプレーできるか」です。具体的には、「痛みなくダッシュできる」「痛みなくボールを蹴れる」「痛みなく切り返しができる」という段階を、一つずつクリアしていく必要があります。違和感があれば、すぐに中止する勇気が大切です。
Q3. 体幹トレーニングは、腹筋運動(上体起こし)で良いですか?
A3. 従来の腹筋運動は、股関節の筋肉を過剰に使ってしまい、かえってグロインペインを悪化させる可能性があります。プランクやサイドプランクのように、「身体を固めて安定させる」タイプの体幹トレーニングの方が、はるかに効果的で安全です。
まとめ:痛みのサインと向き合い、より賢い選手へ
長引くグロインペインは、あなたのサッカー人生を左右しかねない、深刻な問題です。しかしそれは、身体が発している「土台が崩れているぞ」「動きの連携がうまくいっていないぞ」という、成長のための重要なサインでもあります。
痛む場所だけに囚われず、その根本原因である体幹や股関節との連携に目を向けること。それが、痛みの悪循環から抜け出し、よりパワフルで、怪我をしない選手へと進化するための、最も確実な道すじです。
▼より専門的な治療アプローチについて知りたい方へ
セルフケアだけでは改善が難しい、長引く痛みでお悩みの場合、脳と身体の連携にアプローチするBFI療法や、身体の土台となる関節機能を整えるAKA-博田法といった、より専門的なアプローチが有効な場合があります。詳しくは、こちらのページをご覧ください。
▼鼠径部の痛みは、全身の「運動連鎖」の乱れが原因です
今回取り上げたグロインペインは、まさに全身の「運動連鎖」の乱れが引き起こす代表例です。なぜ怪我が繰り返されるのか、その根本的な原因と身体全体のつながりについては、こちらの中心記事で詳しく解説しています。
→ 【スポーツ障害】なぜ、怪我はトレーニングをしない身体を作る。アスリート向け体幹トレーニング実践ガイド
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院長:蛯原 吉正(EBIHARA YOSHIMASA)
資格:柔道整復師
痛みのある箇所だけに対処するのではなく、なぜそこに痛みが生じているのか、その背景にある本当の原因を追究することを信条としています。
一人ひとりの身体の状態や生活習慣と真摯に向き合い、不調が再発しにくい身体づくりをサポートすること。そして、来院された方が不安なく、健やかな毎日を取り戻すためのお手伝いをすることを目指しています。
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本記事は情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療を推奨するものではありません。症状が改善しない、または悪化する場合には、速やかに専門の医療機関を受診してください。




